​牧師コラム『執務室の小さな窓から』

今週のコラム

【執務室の小さな窓から】 No.309「そこに神の愛した人がいる」

先日は京都福音牧師会のオンラインセミナーがあり参加しました。テーマはLGBTと教会の関わりについてです。講師はLGBTの当事者でクリスチャンの方、体は女性で心は男性の方でした。LGBTとは、性的マイノリティとされる人々のことですが、一般的に言って、教会は彼らをどのように受け止めるべきかに課題をおぼえさられています。「聖書のあの箇所ではこう書いているのだが」と聖書に生きようと考えるからこそ、戸惑いをおぼえているわけです。何を隠そう、私も、その一人と言わなければならない者です。しかしながら、目の前(画面越しですが)にいらっしゃるその人は、明らかに主の救いを受けたクリスチャンであり、神の赦しと愛を確信する人であったこと。そして、語られるその一言一言は、私のうちに深い頷きを与えるものでした。そうして特に講師の言葉にある「目の前の人を愛することから始める」「(聖書)解釈は後からついてくる」を心に示されたことです。聖書に生きようとする中でいつの間にか忍び寄る律法主義、その影響は自分には直接影響のない他者を傷つけ、排除してしまうことすらある。そうした独善的な聖書の読み方が、LGBTの方々はじめあらゆる「少数派」の人々を教会から締め出してしまっている。そのことに改めて気付かされることでした。そして、その姿勢こそ、イエス様が律法学者たちを非難したあり方であったことを思わされたことです。「そこに神様が愛しておられる人がいる」そのことを思って牧会の現場に立たせていただきたいと決心させられたときでした。彼らの声を聞くことは、自分の信仰が正されることだなと実感しています。「約束の虹ミニストリー」ぜひ皆さんもネット検索してみてください。私たち教会が霊的健全さに生きることを願って。 共に主を見上げる牧師 加藤秀典

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※抜粋

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